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上関町 祝島の人達への思い

 みなさんは、ご存じですか。約30年前、上関町に原子力発電所誘致が議会により議決されたことを。その当時、祝島の人達の多くは推進でした。しかし、祝島の有力者と祝島の推進議員との間で、発電所誘致の主導権を巡り、俗にいう権力争いにより祝島の反対運動が始まったと聞いています。祝島の推進議員は、何日かの間、帰島することができなかったそうです。
 その有力者により、一人の祝島出身の活動家が呼び戻されて反対運動が強固に展開され、現在に至ってます。
 しかしながら、その有力者は、生前「祝島の反対運動は間違っていた」という言葉を残されたそうです。この言葉の意味を、みなさん、ご察し頂けるとおもいます。多くの祝島の人達は、止むに止まれぬ反対と思います。
 そして今、多くの祝島の人達を苦しめているのは、町外の反対派による、偏った思想です。田ノ浦で居座って、違法な妨害行為を行っている町外の反対派は、これ以上、祝島の人達を苦しめるのではなく、上関町から出て行って貰いたい。

 我々上関町民は「祝島の反対運動は間違いだった」の言葉を信じ、これからも祝島の人達へ上関原子力発電所建設と町づくりへの理解を求め続けて行きます。同じ町民、わかって貰えることを信じています。
 上関町のことは、我々上関町民で解決します。  

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